2020年10月01日

ルアー&フライ⑶奥日光

大学3年の夏休み、T君と奥日光へ
奥日光の湯の湖と湯川には、日本で唯一ブルックトラウトが生息しており、湯川は、日本では数少ないチョークストリーム(牧場の中を流れる様な緩い流れ)で、湯の湖から湯の滝へと落ち、戦場ヶ原を流れ中禅寺湖に注いでます。
僕たちは、湯の滝の入り口にあるお茶屋(小屋)さんに挨拶して、湯川へと降りて行った。
滝つぼから流れ出る川に沿ってくだっていくと緩やかな瀬がありキャストすると2〜3回目でブルック(川ます)が釣れてきた。20センチ以下なのでリリースし更に同じサイズをリリース、T君も同様のサイズでリリースしていた。
更に下っていくと川幅が狭くなり水の中に大木が横たわり川の流れが変化しているポイントがあった。
流れの上の方からルアーを投入し、流れに乗せて沈んでいる巨木の下にルアーを送り込んでいった瞬間、スローモーションの様な感じに魚が現れルアーを飲み込んだ。
フューリーブラック.JPG
その後のやり取りは、全く覚えてないが、同行のT君を必死に呼びながらファイトをし無事ネットに収めることが出来た。49センチのオスのレインボーだった。側線の見事な赤が未だに目に焼き付いている。
湯の滝茶屋に行くとご年配の夫婦がご自分のことのように喜んでくれて、お店を締め終わっていたのにも関わらず、わざわざ、家の中に入れてくださり、魚拓を取ってくれた。お礼を言って、帰るときは、あたりは真っ暗であった。
その一枚をお茶屋の正面の壁に貼っていただいた。2年後に伺った時は、私の魚拓の上に52センチのメスのレインボーの魚拓が貼ってあり。お話を伺うと私の翌年にご主人がフライで釣り上げたそうだった。
ご主人の傍には、歴史のありそうなバンブーのフライロッドが置いてあり、フィッシングの聖地・日光を垣間見た思いがした。
レインボー.JPG

日光は、日本でのルアー・フライフィッシングの聖地・発祥の地で、明治時代に奥日光の湯の湖と湯川に英国商人トーマス・グラバー(長崎のグラバー邸のグラバーさん)がカワマスを放流してフライフィッシングを楽しんだことが始まりとされています。
また、日光は、明治時代に日本初のリゾートホテルとして金谷ホテルが創業し、中禅寺湖には、領事館の多くが別荘などを持ち、イワナ、マスなども放流され、大正時代には、中禅寺湖の千手が浜にハンス・ハンタ-氏(神戸ハンタ-財閥オ-ナ-、ラトビア名誉領事)が、「東京アングリング・アンド・カンツリ-クラブ」を設立、多くの外国領事館の人々が釣りを楽しんだようです。



当時の湯川は、漁協などによりニジマスも放流していたようだ。
あれから50年近くたった今では、キャチ&リリースも定着しブルックトラウトの川として全国的に有名になり、ルアー・フライマンの誰もが、一度は訪れたい川として君臨している。




posted by 団塊の末っ子親父 at 11:51| Comment(0) | 星座(うお座)釣り
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